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実力だけでは成功できない・・・

2013年04月30日

実力だけでは成功できない・・・

どんなジャンルであれ、自分自身が本気になって、一生懸命努力して取り組む限り、スキルを磨いて上達することができます。それは、仕事であれ、スポーツであれ、芸術であれ、勉強であれ、同じです。

努力と実力は、正比例の関係にあります。努力した分だけきちんと実力として、自分自身に帰ってきます。逆も真なりで、努力を惜しめば、実力は途端に低下してしまいます。

実力は努力の正当な対価ですから、上がれば上がるほどいい。とはいえ、実力だけでは成功できないこともまた事実なのです。

実力があれば、成功の一歩手前、あるいは一流の域にまで達することはできます。そこから先、真の成功、あるいは超一流の領域に足を踏み込むとなると、実力だけでは渡っていけないのです。

実力は、努力の証。「それが報われないのはおかしい」と思うのは、自然な感情です。ただし、その正論がそのまま通用しないのも、人間社会の面白いというか不思議なところなのです。

成功している人、超一流の人は、自分の実力だけでその地位を獲得したわけではありません。実力だけでは足りないとするなら、ほかに何が必要なのでしょうか。

コネ。人脈。家柄。情報。お金。それらが役に立つことはあるでしょうが、すべて違います。本当に必要なのは、「応援」です。

「あの人を本物にしよう」

「彼のためにひと肌脱ごう」

「彼女にうまくいってもらいたい」

これまで関わってきた人たちの有形無形の応援が、その人を成功あるいは超一流の世界へと押し上げてくれるのです。成功とその一歩手前。超一流と一流。その差は本当に首の皮一枚くらいです。

胸突き八丁を超えると、難攻不落のところにさしかかります。そこからゴールまでの距離は、無限と思えるくらい長く感じます。

そのとき成功者と一歩手前の人、超一流と一流を分けるのが、「実力以上のものがあるか・ないか」なのです。最後の最後に、周りの人たちの応援が追い風となって、超一流の人、成功者をゴールへと運んでくれるのです。

成功している人、超一流の人は、目に見える実力以外に、周りや大切な人の応援という目に見えない、隠れた力を持っているのです。その何ものにも代えがたい秘めたる力が、大事な場面で紙一重の差となって表れるのです。

本当の実力とは、自分が努力して積み上げたものだけではないのです。それに、自分が関わる人たちの応援がプラスされたもの。この2つが合わさったものが、真の実力と言えるのです。

投稿者 inoue : 22:32 | コメント (0) | トラックバック

道なき道を切り開く・・・

道なき道を切り開く・・・

リストラや左遷、M&Aなどの出来事が起こって、不本意な仕事を任されたり、逆境と言ってもいい環境に身を投じることになった……。誰の人生でも、いわゆる正念場に立たされることが、一度か二度はあります。

自分自身が失敗して逆境に追い込まれたのなら、まだ納得はいきますが、自分の関知しないところで決まったとしても、とるべき態度は二つに一つ。それは、辞めるか、それともとどまって全力で立ち向かうか。どちらかを選ぶしかありません。

自分がやりたくない仕事、条件がよくない仕事を拒否するのは、別に逃げることではありません。自分の知識・スキル・経験を活かせる場所を選ぶのは、当然のことです。不本意な仕事を与えられたとき、やりたくなければ辞めても構わない。そして新天地で自分の能力を思う存分発揮すればいいのです。

とはいえ、さまざまな事情から、拒否することができず、あなたにとって好ましくない話を引き受けなければならないこともあります。やりたくない仕事だから、適当に流そうと思っても、それは甘い考えです。

ただでさえ状況はよくないのに、何の手も打たなければ、お払い箱にされかねません。打開策を真剣に考えて行動するしか、現状を変える方法はないのです。

おそらくあなたの置かれた状況は、ヒトもモノもカネも情報もない、「ないないづくし」。もちろん、援護射撃など期待できません。進むも地獄、退くも地獄。頼みになるのは、自分の実力だけ。

こんなとき、自分の出世や昇進昇給、肩書のこと、つまり、自分の将来のことを考えても、苦しくなるだけです。落ちるところまで落ちたのだから、あとは上がるしかない状況にあることは変わりませんが、頑張って事態を好転させたとしても、そうした自分の利益になることが得られる保証はありません。では、何を考えて、取り組めばいいのかというと、後に続く人のために道を切り開くことです。

もしあなたが一生懸命取り組んで、左遷された職場で成績を上げた、あるいはリストラされた職場が息を吹き返したとしましょう。それは、あなたの手柄かもしれません。それをアピールして、待遇改善を訴えるのは正当な要求です。

しかし、それを逆手に取られて、「あなたの能力を活かしてください」と、またよくない環境に身を置くようなことにもなりかねない。もちろん、次も「逆境から這い上がるという選択」をするのも悪くはありません。

それよりは、あなたが踏ん張って成果を出した場所にとどまって、そこをもっといい環境にするほうが賢明です。相変わらず待遇は悪いかもしれませんが、あなたがもっと一生懸命取り組むことで、その日の当たらない場所を花形部署にすることもできます。

あとからその場所で仕事をする人のために環境を整える。それは、あなたしかできないことです。同時に、それであなたは、道なき道を切り開く人になれるのです。

*今回のDVDは、かなり内容が深くなっています。前回のものよりさらに、ビジネスでの活用など、実践的であり、また、質疑応答は、とても内容が濃いものです。

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投稿者 inoue : 08:09 | コメント (0) | トラックバック

DVD特別価格にて販売☆

2013年04月29日

 

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投稿者 inoue : 10:23 | コメント (0) | トラックバック

不平を言わない・・・

2013年04月24日

不平を言わない・・・

この世の中で誰にも平等に与えられているのは時間だけで、残念ながらそれ以外のことはほとんどが不平等です。それがいいか・悪いかは、ここではひとまず置きます。

好き嫌いや利害、思惑やメンツが絡む。あるいは慣習になっている。そうしたさまざまな事情があって、条件や態度・対応、要求で明らかに差をつけられてしまう。こんな理不尽は、どこに行っても少なからずあります。

これが結果の不平等なら、「仕方がない」と納得することもできます。同じような成績、ポテンシャルを持った人同士がある会社の入社試験を受けたときに、試験の成績が自分よりよかったライバルが採用されて、あなたは不採用になった。

試験の成績でライバルに劣ったのは、結果の差です。それは、行動の差ですから、悲しい事実には違いありませんが、納得も理解もできます。

ところが、前提条件に差がある場合、具体的に言うと、取引条件や採用基準に差がある場合は、受け入れがたいものです。たとえば、あなたがある大手企業に取引をしてもらおうと思って営業しに行ったら、「うちは条件を満たす企業以外に取引はしない」と言って、門財払いされてしまった。

取引する前からハンディを与えられている。こんな理不尽は納得することも理解することもできません。「ガラスの天井」と言われるように、女性の社会進出、出世昇進には目に見えない大きな壁がありました。こういう不平等は時間がかかっても、正しい方向へ進むように訴えていくしかありません。

話をあなたの新規取引に戻します。ここで「うちが無名で小さい企業だから、大きな企業と対応に差をつけている」と不平を言っても、何も始まりません。「それなら、けっこうです」と突き放されるのが、オチです。

平等に扱われていないからといって、不平を言っても仕方がありません。別に私は、「あきらめたほうがいい」「泣き寝入りしろ」と言っているわけでもないのです。不平を言うヒマがあるのだったら、人の2倍、3倍、4倍努力して、結果を出して相手に認めさせるしかないと言いたいのです。

相手が「おたくは実績がない」と言うのだったら、大ヒット商品を出して、実績をつくる。「無名だから」と言うのだったら、専門家に自社商品を評価してもらって、推薦状やお墨つきをもらう……。

確かに前提条件に差をつけられるのは理不尽です。それを変えさせるための行動をするのはつらいし、苦しい。しかし、ただ不平を言うだけでは、相手の見方は何も変わりません。人の何倍も努力をして、「まさかここまでやるとは……」と相手の想像を超えて絶句させるような結果を出すことでしか、相手の評価は変わらないのです。

不平を言うだけでは、現実は変わりません。不平を感じさせる目の前の現実を変えるのは、自分の行動だけなのです。

(朝の独り言☆)

今朝、父が亡くなりました。昨年、「後悔しない人生を送る、たった1つの方法」(中経出版)の本のDVDでは、父との思いを語っています。昨夜、東京への出張の際に、病院で話したのが最後でした。今日の写真は、今年の1月8日に父の誕生日に実家で撮った最後の写真です。この時は、すでに車椅子でした。病院のスタッフから頂いたお花と共に写真を撮りました。父には、心から感謝の気持ちでいっぱいです。

                                                    訃 報

医療法人社団いのうえ歯科医院理事長井上裕之の父 井上和弘 儀が去る

平成25年4月24日午前9時52分享年82才にて永眠致しました。

ここに生前のご厚誼を深謝し謹んでご通知申し上げます。

なお、通夜並びに葬儀は下記の通り執り行います。

  1、通夜 4月25日(木)午後7時
2、葬儀及び告別式 4月26日(金)午前11時
3、場所 帯広中央斎場

     〒080-0022
     北海道帯広市西12条南29丁目1−1

     TEL:0155-49-3100
4、喪主 井上 貞子

                                      医療法人社団いのうえ歯科医院

                                                              井上 裕之

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投稿者 inoue : 21:59 | コメント (0) | トラックバック

用がないから会いに行く・・・

用がないから会いに行く・・・

約束しないと会えない。用件がないと、会わない。仕事で人と会うときは、アポを取って会いに行くのが当たり前ですから、何も悪いことのように感じるかもしれませんが、実はそうとも限らないのです。

約束がないと、あるいは用件がないと、会わないということは、裏を返せば、この2人は、用件だけの間柄ということなのです。用件がなければ、もしかしたら二度と会うこともない。2人の間には、それほど弱い人間関係しかないのです。

私がお会いした成功者の中には、「たまには顔を出しなさい」と言う人がいます。これは、「用がなくてもいいから、半年か一年くらいは会いに来て、顔を見せない」ということです。

こう言われると、「忙しいのに、わざわざ顔だけ出すわけにいかない」と考えて、相手に喜んでもらえること、メリットがある話がないと、逆に会いに行けなくなってしまうのですが、そうではありません。成功者は本心から「用がなくても来なさい」と思っているのです。

成功者ともなれば、「ひと目お目にかかりたい」「ご挨拶したい」というアポがひっきりなしに入ります。そのほとんどが「講演してください」「この案件を引き受けてもらえないでしょうか」という頼まれごとです。成功者にとってメリットのある話は少なくて、そこには、用件があるという人の打算や思惑が絡んでいるものです。

アポを入れて会おうとする人は、「用件がないと会ってもらえない」と思っているのですが、それは自分にとっての用件にすぎません。もとから成功者にはなんの関係もないことなのですが、支援や協力をしてもらおうとして、無理矢理、「担当者が変わりました」「着任のご挨拶をしたい」と用件をつくる。それにかこつけて、お願いごとをするのです。事実、用件をつくって会おうとする人は、用件がないと会えない人です。

反対に、用件がなくても会える人は、大切に思われている人です。地位や名誉、年齢、性別にかかわらず、また用件があろうとなかろうと、アポがあろうとなかろうと、どんなに忙しくても大切な人には会おうとするものです。用件をつくって会おうとする人ばかりだから、逆に成功者は「たまには顔を出しなさい」と言って、大切に思っている人に歓迎する気持ちを表しているのです。

もし成功者や自分より年齢も立場も上の人にそう言われたら、素直に反応していいのです。用もないのに顔を出したとしても、相手が忙しくなかったら、対応してくれるでしょうし、忙しかったら、挨拶だけして失礼すればいいのです。

特に成功者は、人間関係の大切さを知っています。人間関係がきちんとつくられているから、用件がなくふらっと訪ねてきても応対するのであり、もし人間関係がつくられていなければ、その人とはアポがない限り会おうとしないものです。用件がないのに会えるということは、実は深いつながりが両者にあるということなのです。

投稿者 inoue : 06:36 | コメント (0) | トラックバック

愚痴は変化のラストチャンス・・・

2013年04月23日

愚痴は変化のラストチャンス・・・

「いつも私だけ上司に怒られている」

「ちっともカワイイ顔じゃないなあ」

「ピッチングの練習をしても、ちっともうまくならない」

人生には、今の自分の力ではどうすることもできない問題に直面することもあります。現状が自分の思い描いた理想と比べてほど遠いと、人はついつい愚痴を言いたくなるものです。

愚痴を言うのは、イヤなものです。本当は愚痴を言っている人も、「このままではいけない」ことに気づいています。しかし、現実の厚い壁に打ちのめされて、なすすべがなく、愚痴を言うしかなくなってしまったのです。

愚痴を言うのがよくない理由は、潜在意識が素直に受け入れてしまうからです。潜在意識は、善悪の区別をしません。いいことも悪いことも平等に受け入れます。だからこそ自分の発する言葉には必要以上に気をつけなければいけないのです。

もし愚痴の代わりに、「見どころがあるから上司は私を鍛えている」「笑顔が魅力的な顔」「今よりもっと練習すれば、いいピッチャーになれる」と信じて、潜在意識に情報を発信すれば、どうなるでしょうか。潜在意識は「活躍できる自分」「笑顔が魅力の自分」「いいピッチャーになる自分」になるように誘導してくれるのです。

ところが、愚痴を言うようになると、「怒られてばかりの自分」「カワイクない自分」「野球がうまくない自分」が潜在意識に情報として発信されてしまいます。愚痴を言うたびに情報発信が強化され、潜在意識が汚濁化してしまうのです。

汚濁化した潜在意識が、「怒られてばかりの自分」「カワイクない自分」「野球がうまくない自分」を引き寄せる。気がつけば、「類は友を呼ぶ」で、同じような境遇の人が集まってしまう。愚痴を言うことで、お互いに傷をなめ合うしかない。好ましことではありませんが、その人たちにとってそれ以外に鬱憤を晴らす方法を知らないのです。

やがて愚痴を言うのにも飽きると、今度は誰かの悪口や批判ばかりするようになります。こうなると、近寄る人も少なくなってきます。愚痴には、それだけ恐ろしい負の力があるのです。

それでも自分自身が「愚痴を言っている」という自覚症状があれば、その瞬間から言葉も行動も変えることができます。愚痴を言っている自分に気づけば、いくらでも愚痴など言わない自分に変わることができます。

もしあなたが今日、愚痴を言ってしまったら、「そんなことを言っているようではダメだ」と自己否定しなくてもいいのです。「今この瞬間から愚痴をやめればいい」と思うだけでいい。愚痴を言うあなたには、自分が思い描いている方向に変わるチャンスがまだ残されているということなのです。

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投稿者 inoue : 07:37 | コメント (0) | トラックバック

幸せのおすそ分け・・・・

2013年04月21日

幸せのおすそ分け・・・・

今日という一日、あなたはどんなふうに過ごしましたか?

どんなことが、あなたの身に起こったのでしょうか。楽しいこと、うれしいこと、ハッピーなことが起こったとすれば、「いい一日だった」と喜びをかみしめながら、ベッドで眠りにつけますね。面白くないこと、悲しいこと、アンハッピーなことが起こったとすれば、「イヤな一日だった」と不機嫌なまま、ベッドに入って、しばし眠れない真夜中を迎えるかもしれません。

人生は楽しいこと、うれしいこと、ハッピーなことばかり起きるわけではありません。かといって、面白くないこと、悲しいこと、アンハッピーなことばかり起こるものでもありません。

できれば、楽しいこと、ハッピーなことばかりの人生にしたい。誰もがそう願うものですが、現実がそうならないのは、あなたもよく知っているとおりです。

楽しいこと、ハッピーなことばかり起こったほうがいいのに、なぜ悲しいこと、アンハッピーなことも起こるのだろう。あなたは、その理由を考えたことがありますか?

神様が人間として成長するために、試練を与えているから。そういう考えもあるかもしれません。もしかしたら、それも正解かもしれませんが、私はこう考えるのです。自分の人生に悲しいことやアンハッピーなことが起こるのは、身の回りにそういう人がいたときに、元気づけたり勇気づけたりするためなのだと――。

楽しいこと、ハッピーなことしか起こらない人は、一見、幸せそうに見えるかもしれませんが、そんなこともないのです。それは、人生の一面しか知らないで生きているのと同じです。毎日が楽しいことやハッピーなことばかりだったら、一生懸命真剣に生きようとも、何かに本気になることもなくなるでしょう。

残念ながら、人間は悲しいこと、アンハッピーなことが起こらないと、悲しみやアンハッピーがどういうものか身を持って知ることができません。別に進んで悲しみやアンハッピーなことを経験する必要もありませんが、それを知らなければ、本当に悲しんでいる人や不幸になった人の気持ちに寄り添うことはできません。

もしあなたが楽しいこと、ハッピーなことしか知らなければ、あなたの大切な人が悲しんでいるときに、かける言葉も見つからないはずです。「楽しいことをすればいい」なんて、いたずらに無神経な言葉をかけて、傷つけてしまうのがオチです。あなたが楽しいこと、ハッピーなことしか知らなければ、あなたの大切な人の悲しみを癒すこともできないのです。

悲しいことやアンハッピーなことを経験したからこそ、楽しいことやハッピーなことが起こるように、毎日一生懸命生きるようになるのです。悲しいことやアンハッピーなことを経験したからこそ、楽しいことやハッピーなことのありがたさを実感できるのです。

今日あなたに、楽しいことやうれしいこと、ハッピーなことばかり起こったとしたら、その喜びを胸に抱いて眠りについてください。そして明日目覚めたら、笑顔を絶やさず元気で一日を過ごしてください。

もしあなたの周りに、悲しみに暮れている人、つらい出来事やアンハッピーなことが起こった人がいたとしたら、そっと寄り添ってみるのです。そして、その人を勇気づけ元気づけてあげてください。

あなたが、今日満喫したハッピーをおすそ分けするのです。あなたなら、それが自然にできます。今日あなたに楽しいこと、うれしこと、ハッピーな出来事が起こった理由は、明日、そのおすそ分けをするためだったのです。

投稿者 inoue : 23:48 | コメント (0) | トラックバック

誰かの「オンリーワン」になる・・・

2013年04月18日

誰かの「オンリーワン」になる・・・

あなたが何をする人であれ、あなたはほかの誰とも違う特別な存在です。おそらくあなたは、すでに「オンリーワン」たり得ています。

こう言うと、「私には自慢できることも特別なものもない。私のような人はいくらでもいる」と言う人もいるかもしれません。なかには「そんなのは気休めだよ」と反論する人も出てきそうです。

別に私は歓心を買おうとして、「あなたはオンリーワン」と言っているわけではありません。確かにリオネル・メッシ、イチローのような驚異的なプレーを連発するプレーヤーは、誰もが認めるオンリーワンで、余人に替えがたい人物です。また浜崎あゆみや少女時代のような、人々に感動を与えるアーチストも、オンリーワンであることは間違いありません。

誰もが認める素晴らしいパフォーマンスをする人だけがオンリーワンなのではないのです。世間から注目されないかもしれないけど、変化の少ない日常生活をつつがなく送っている人でも立派なオンリーワンになのだと言いたいだけなのです。

たとえば、あなたが保険の営業マンだったとしましょう。保険の営業マンでオンリーワンというと、全国トップの営業マンを想像するかもしれませんが、必ずしもそうではありません。トップになるのはすごいことですが、トップ=オンリーワンでもないのです。

営業マンとしてのあなたの成績は上の下で、飲まず食わずで頑張ればトップになれないこともないというところ。でも、あなたはムリに売り込んだり、契約を取ろうとしてガツガツすることもない。

いつもお客様のことを将来設計まで含めて、真剣に考えている。その結果、自社より他社の商品のほうが、お客様のためになると判断したら、ライバルの商品を勧めてしまうところもある。

他社の商品を勧めても、得にならないばかりか、むしろ損をします。でも、それがお客様のためになるなら、そうするだけ。お人好しと言われれば、それまでですが、たんに売り上げを上げることや契約を取ること以上に、お客様のことを第一に考えている。

もし自分のところに来た営業マンがそういう態度でいたら、お客様のほうが「こんな人もいるのか」と、あなたに感動します。あなたの勧めた他社の商品を買ったとしても、知り合いを紹介してくれたり、便宜を図ってくれるようになります。なぜなら、お客様にとって、あなたが「オンリーワンの営業マン」だからです。

あなたは、そのお客様にとってすでに「オンリーワン」なのです。そう思ってくれる人がたくさん増えれば、トップ営業マンにもなれます。イチローや浜崎あゆみのような人は、確かに特別な存在ですが、彼らだけがオンリーワンということはないのです。

何も特別なことをしなくてもいい。あなたができることを相手のために本気で一生懸命すれば、あなたはその人のオンリーワンです。あなたも私も、みんな誰かの「オンリーワン」なのです。

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投稿者 inoue : 00:17 | コメント (0) | トラックバック

魔法の言葉で人を育てる・・・

2013年04月17日

魔法の言葉で人を育てる・・・

新入社員や入社2、3年の若手社員がまったく新しいことや自分のレベルより高い仕事に取り組むとき。その胸中は「自分にできるだろうか」という不安や恐怖、迷いで占められています。プレッシャーも相当感じているはずです。

もしあなたがその彼(彼女)の上司や先輩だとしたら、どんな言葉をかけるでしょうか。おそらく次の3つのタイプに絞られるはずです。

1つ目は、「やればできるよ」「大したことはないよ」。安心させようとして、その仕事はカンタンだと強調しているのかもしれませんが、相手の心にまったく寄り添っていません。はっきり言って、相手に無関心なのです。その仕事がカンタンなのは上司や先輩だけで、彼(彼女)が不安やプレッシャーと闘っていることを忘れています。

2つ目は、「がんばれよ!」「うまくいくよ!」。これは、不安な相手を応援しているように聞こえます。相手の心には寄り添っていますが、期待が先行してかえって重荷になりかねません。彼(彼女)からすれば、周りの期待とプレッシャーのダブルで押しつぶされそうな心境です。

3つ目は、「私が責任を持つ」「後のことは気にするな」。フォローする姿勢が感じられるので、彼(彼女)の不安は消え、「失敗しても大丈夫なんだ」という安心感が得られます。しかし、注意深く聞くと、これはうまくいかないこと、失敗することを前提にしています。うまくいったとしても「フォローしてもらったからできたんだ」と思ってしまうので、自信を持ちにくいのです。

これら3つに共通しているのは、上司や先輩たちが相手を100%思って言っていないことです。「そんなことはない。私は相手のことを思っている」と言う人がいるとすれば、次の言葉を言ったことがあるか、聞いてみたいのです。

「君ならできる」

先の3つとの明らかな違いは、うまくいくこと・成功することを前提にした発言であることです。彼(彼女)にしても、できない可能性が高いと考えながらも、半面、「もしかしたらできるかもしれない」という思いも持っています。「君ならできる」という魔法の言葉は、その声には出せない思いにダイレクトに語りかけているから、彼(彼女)に勇気・元気・やる気を与えるのです。

「君ならできる」と言う上司や先輩は、部下・後輩である彼(彼女)を信じているのです。信頼されていることを肌で感じて、「自分でもできる」と思って仕事に取り組むから、本当にうまくいくのです。

言葉は、毒にも薬にもなります。いい言葉は人を育てます。もしあなたが上司・先輩であるのなら、「魔法の言葉」で部下・後輩を伸ばしてほしいのです。でき得れば、あなただけの「魔法の言葉」で彼らに語りかけてほしいのです。

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投稿者 inoue : 07:50 | コメント (0) | トラックバック

目の前の人に全力投球する・・・

2013年04月15日

目の前の人に全力投球する・・・

あなたが営業の仕事をしていたとして、今日一日のアポは午前1件、午後2件の計3件が入っているとします。もし午後1時からのアポは大クライアントA社との新規取引についての商談、午前中10時のアポは売り上げがそれほどない、古い付き合いのB社への商談、午後4時からのアポは取引高はそれほどでもないC社へのフォロー営業だとしたら、今日一日あなたはどのような行動をするでしょうか。

B社への訪問はA社への予行演習ととらえて、午後一番のA社の商談に全力投球する。その後のC社はひと仕事終えた後だから軽く済ませる。そういう考え方もあるかもしれません。どういう態度で今日の営業活動を行うかは、あなたの自由です。しかし、そういういいかげんな態度では肝心なA社だけでなく、B社でもC社でも成果を上げることはないでしょう。

すべてのお客様を平等に扱うことはできませんから、小口のクライアントより大口のクライアントに重点を置くのは仕方ないことです。優先順位をつけるのも、悪くはありません。そのことと、目の前のお客様に全力投球しないのとは、別のことです。本当に問題にすべきなのは、あなたが目の前のお客様に真剣に向き合っていないことです。

売り上げが少ないと言っても、B社もC社もクライアントであることに変わりありません。B社、あるいはC社を訪問しているときは、目の前にいるB社、あるいはC社のお客様に全力投球するのが当たり前です。重要な商談が次に控えているからと、片手間で営業したら、相手にもその気持ちを見透かされます。

もしB社を訪問中に、A社の商談で頭がいっぱいなあなたがミスをして担当者を怒らせてしまったら……。肝心なA社の商談でもその失敗を引きずりかねません。A社の商談もまとまらず、フォローするだけだったC社での訪問にも影を落としかねません。

A社を優先するのはいいのですが、だからと言って、B社やC社には手を抜いたり、なおざりな態度を取っていいわけではありません。規模の大小や有名無名にかかわらず、目の前にいる相手には全力を尽くすべきです。

訪問時間や回数、あるいはサービスの内容で差が出るのは仕方ありませんが、向き合い方はどこも同じであるべきです。クライアントには一社一社、真剣に向き合って、全力投球するしかないのです。

B社やC社にしても、大口のA社を優遇するのは仕方ないと思っています。だからと言って、後回しにされたり、やる気のない態度をされるのはイヤなものです。大口と平等に扱わなくても、向き合い方だけでも公平にすれば、「この人(この会社)はきちんとしている」と一目置くようになるのです。

今目の前にいる相手に全力投球する。それだけで相手からの信頼を勝ちとることができるのです。

zukai

*5月中旬発売予定。わっとお声を上げたくらいの、素晴しい出来です。

投稿者 inoue : 23:57 | コメント (0) | トラックバック

一流に触れる・・・

2013年04月14日

一流に触れる・・・

身の回りのものや身につけるもの、仕事道具としていつも使うものも含めて、自分の周りはなるべく「一流」のものを揃えたほうがいいのです。お金はかかるかもしれませんが、そのほうが自分自身を磨いて、成長成熟させていくことにつながります。

なぜ一流のものを揃えたほうがいいのか。その理由は次の3つです。

1つは、成果を出しやすい。最高のもの、最新のものを使うわけですから、特に仕事においてははるかに効率がよくなります。パソコンや携帯電話を新しいものに買い替えると、一つ前のバージョンとは比べ物にならないほど使い勝手が格段によくなる。それと同じです。

2つ目は、自信を与える。極上のものを身につけたり、使ったりすると、「一流のものを使いこなすにふさわしい自分」という自己イメージを持てるようになります。一流のものにふさわしい身のこなしや振る舞いをするようにもなっていきます。

3つ目は、センスが磨かれる。一流のものは世の中にたくさんあります。自分自身の「見る目」を磨いていかないと、その中から自分に合うものはどれなのか、一流と二流の違いはどこにあるかなどが分かるようにはなりません。ただ「高いから」「ブランドだから」という理由で買いあさっては、それこそ成金です。

一流を知らないとセンスが磨かれないが、センスがないと一流を見抜くこともできない。まるで「ニワトリと卵」のような関係です。本当に自分に合うもの、自分を際立たせるものを見抜くセンスを持つのは難しいのです。

一流のものを持ったほうがいいとは言っていますが、私はなにも統一しろと言っているわけではありません。借金してまで一流のものを揃えるのでは、本末転倒です。余裕がないのなら、1つだけ一流のものを買って、あとは100円ショップで買ったものやPB商品で済ませてもいい。たとえば、ジャケットだけは高級品で、それ以外は低価格品でもいい。うまくコーディネートすることで、センスも磨かれていきます。

一流を知れば、自分自身が磨かれていきます。かといってそれだけでは価値観が狭まってしまう。大事なことは、一流を知ると同時に、その対極にあるものも知ることです。

一流品だけ、低価格品だけでは、偏った価値観を持つことにつながりかねない。どちらも知っておいたほうが自分自身の価値観も多様化するし、世界が広がります。

私自身は、ブランドものを着こなしながらも、衣料品チェーンのものも愛用して、どちらか一方に偏ることもない。どちらにもそれぞれ愛用者がいます。両方を使いこなすことで、それぞれの価値観を共有して、自分の価値観を多様化できます。

自分を磨くのは、あくまでも「一流」のものです。ダイヤモンドはダイヤモンドでしか磨かれないように、一流が一流を磨くのです。

すべてのものを一流にする必要はありませんが、何か1つは一流にする。一流に触れる機会だけは持ったほうがいいのです。

投稿者 inoue : 22:11 | コメント (0) | トラックバック

結果よりプロセスを重視する・・・

2013年04月12日

結果よりプロセスを重視する・・・

どんなジャンルや分野に携わっているのであれ、プロフェッショナルとして結果を出すのは当然のことです。結果を求められるのがプロであり、そこには仕事をすることの醍醐味があります。

結果の報酬は、1つは金銭的報酬、もう1つは社会的評価、そして最後に達成感。これらを得るために、プロは日々、知識・経験・スキルを磨き、本気で行動しているのです。公序良俗に反したり誰かに迷惑をかけたりしなければ、トコトン結果を追求していいのです。

ただし、結果には負の側面があります。別に結果自身になんの責任もありませんが、多くの人はそれに目を背けがちです。

1つは、結果を追求するあまりに歯止めがきかなくなること。結果を出せば、もっといい結果を求めたくなるのは人情です。しかし、イケイケドンドンになると、やがてキャパシティー以上の負荷がかかって、プレッシャーに押し潰されたり燃え尽き症候群に陥ることがあります。

もう1つは、いつも求めている結果が得られるとは限らないこと。あなた一人で完結できるものならいいですが、競争相手がいる場合は一生懸命取り組んでいても、得たい結果が得られるわけではありません。自分より多くの行動をした人があなたより先に結果を出すこともある。真面目に命取り組んだだけに、結果を出せないと挫折しかねません。このように、結果には、功罪両面があることは知っておいたほうがいいのです。

結果を重視するのは大事ですが、それ以上にもっと重視してほしいものが、あります。それは、「プロセス」です。

プロセスとは、たんにものごとを成し遂げる手順や、ものごとをつくり上げていく過程ではありません。結果を出すための正しい道筋です。このプロセスを最適化することが、結果を出すための早道になるのです。

プロセスが正しければ、きっちり正しい結果が出てきます。まさに「原因と結果の法則」どおりです。正しい結果とは、自分自身が望んでいるもの、およびあなたに関係する相手や周りの人も喜ぶようなもので、WIN-WINの関係にあるものです。

もし正しいプロセスをたどっているのに、きちんとした結果が出ない場合は、次の3つが考えられます。行動の量が足りない。行動のスピードが遅い。そしてその両方。プロセスを最適化しているのですから、行動を最適化すれば、おのずと結果は出るようになります。

また結果を出しているときも、いや結果を出しているときだからこそ、プロセスを振り返ることが大事になってきます。もう一度プロセスを確認して行動に当たれば、さらに上の結果を出すこともできます。

プロフェッショナルであれば、結果を出すのは当然です。その結果を出すためにこそ、プロセスをより重視するべきなのです。

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投稿者 inoue : 23:26 | コメント (0) | トラックバック

できる人より「いい人」を目指す・・・

できる人より「いい人」を目指す

仕事とは、顧客を満足させる、あるいは顧客の利益になることをすることです。顧客に不満を感じさせたり、不利益になるようなことをしたら、仕事をしたとは言えません。

顧客の満足や利益を満たす対価として、われわれは報酬をもらいます。「できて当たり前。できなかったらプロ失格」という厳しい世界に、われわれは生きているのです。

仕事はできて当たり前だから、われわれは「できる人」になろうとします。それも当然のことですが、その風潮が行きすぎるのもまた問題なのです。

別に私は「仕事ができなくてもいい」と言いたいわけではありません。「できない人」を甘やかすつもりもありません。仕事ができるのは当然のこととして、さらに「できる人」を目指して、上へ上へ行こうとすることに疑問を呈しているのです。

世の中には「できる人」はたくさんいます。あなたも、その一人に違いありません。

顧客の満足と利益を満たすために、知識・スキル・経験を上げようとするのは悪いことではないし、貪欲に取り組むべきです。そのことと「できる人」になることは、イコールではないのです。

そもそも「できる人」とは、自分を軸にした自分中心のとらえ方にすぎません。知識やスキル、経験を上げることが、自分自身の成長につながり、報酬も増えて社会的ステータスも上がる。それを否定するわけではありませんが、そこには顧客や他人といった存在がスッポリ抜けています。知識・スキル・経験を上げることで顧客の満足・利益を満たすことにはなりますが、いかんせん前者の比重が大きすぎるのです。

あなたはすでに「できる人」です。さらに「できる人」を目指すのもいい。ここで発想を変えてみましょう。知識・スキル・経験を上げることより顧客の満足・利益に軸足を移す。これからは後者に比重を置いて、仕事をする。それができるのが、「いい人」です。

「いい人」は、もちろん仕事ができます。そのうえで顧客の満足・利益のために自分にできる最大限のことを追求します。

いつも結果を出せるわけではありませんが、一生懸命取り組みます。相手によって態度を変えることなく、誰にも気さくに公平に接します。困っている人がいたら、本気でバックアップします。困難な状況でも、最後まであきらめずにやり抜きます。自分よりも相手や周りを優先して、絶えず気配りをします。こういう人が担当してくれるなら、誰でも「あの人とまた仕事をしたい」と思うものです。それは、「できる人」ではなく「いい人」だからです。

今の世の中には「できる人」はたくさんいます。今後も増え続けていくでしょう。ただそれに反比例するように、「いい人」は少なくなっています。

「できる人」を目指すのは悪くありませんが、それ以上に「いい人」でいる。そのほうが顧客の満足・利益を満たすことができるし、それを追求していく過程で自分の知識・スキル・経験を上げていくことができます。「いい人」は、「できる人」を兼ねているのです。

投稿者 inoue : 00:11 | コメント (0) | トラックバック

「思い」があれば、ブレない・・・・

2013年04月11日

「思い」があれば、ブレない・・・・

思うような結果が出ないとき、逆境に立たされたとき、想定外のトラブルに見舞われたとき……。誰でもイライラしたり、アタフタしたり、逃げ出したくなることがあるかもしれません。

アゲンストの状況にあっても、冷静に対処できればいいですが、なかなかそうできるものではありません。人間ですから、悩んだり苦しんだり泣きたくなることもある。そういう厳しい状況に追い込まれたときに、あなたを救ってくれるのが、「思い」なのです。

たとえば、「アレルギーの子どもが食べられるようなお菓子を提供したい」「技術者として老若男女すべての人が使えるコンピューターをつくりたい」という自分自身の思いがあれば、困ったときに、あなたに力を与えてくれます。あるいは、暗闇に差し込む一筋の光明のように、あなたの行くべき道を照らしてくれます。それは、商品開発のアイデアだったり、手弁当で手伝ってくれる人の応援だったり、商品を販売してくれる人の存在だったり……、形を変えてあなたに勇気と元気とやる気をもたらしてくれます。

確かに思いがなくても、パティシェになってお菓子の開発もできるし、技術者になってコンピューターをつくることもできます。モノをつくるという行為自体には、思いは関係ありません。思いがなくても、アレルギーに悩む子供を救うお菓子や誰でも使えるコンピューターをつくることはできます。

それでも、あえて「思い」が必要だというのは、それがあれば、ブレることも迷うことがないからです。ただお菓子やコンピューターをつくるだけなら、自明の理として経済原理が働きます。儲かることや利益が優先されて、本当に必要な成分や機能がカットされることもあるかもしれません。

儲かるほうを優先するのは、ある意味で当たり前です。そこに「思い」がないのですから。ただし、それが通じるのは、世の中の人が受け入れてくれる場合のみです。

何万円も差があるものならともかく、世の中の人も「思い」がないものより、つくる人の「思い」が詰まったほうを選びます。一見同じように見える商品でも、「思い」が詰まっているほうが、愛着が湧くしそれだけで差別化になるのです。

「思い」があれば、初志貫徹して「アレルギーの子どもが食べられるお菓子」や、「老若男女すべての人が使えるコンピューター」をつくり続けることができます。儲かるからと、利益やお金に目がくらんでブレることもありません。

それでも、もし採算がとれず、苦境に陥ったとしたら、今度はその思いに共鳴した人が救いの手を差し伸べてくれます。それはたんなるM&Aや経済取引ではありません。

儲けを優先するなら、あなたと一緒にやりたいと言うはずがないのです。その人は、あなたの「思い」に共鳴するから、一緒にやろうと申し出ているのです。思いがあれば、困ったときにも、本当に求めるものを引き寄せることができるのです。

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* 昨日、お誕生日のお祝いにバラのお花を頂ました (^^)

投稿者 inoue : 08:01 | コメント (0) | トラックバック

今日の行動が未来をつくる・・・

2013年04月09日

今日の行動が未来をつくる

今日やったことが、その日にすぐ結果となって表れる……。世の中には、そんな魔法のようなものはありません。仕事や学び、生活習慣、稽古など、日々の行動、実践なくして、何一つ身につかないし、成就しません。残念ながら、今日取り組んだことの成果は、いつか来る「その日」まで手にすることはできないのです。

スポーツや科学の実験など、今日行ったことが、その日に結果として出るものはありません。あくまでそれは、その日までのトレーニングや研究の積み重ねがあったから、結果が出る段階にまで来たというだけのことです。実際に試合や実験をしても、望みどおりの結果が得られるとは限りません。もしそうなったら、次の試合や実験まで、ひたすら地道にトレーニングや研究を繰り返すしかありません。

今日あなたが取り組んだことがなんであれ、それがいつ結果として実を結ぶのかはまったく分かりません。神のみぞ知る、いやもしかしたら神様さえ分からないかもしれません。

建築家アントニオ・ガウディが自ら設計したサグラダ・ファミリアの完成を見ずして、この世を去ってしまったように(サグラダ・ファミリアは今なお未完成です!)、今日あなたが取り組んだことが日の目を見ないまま終わることもあります。だからと言って、あなたが今日一日をいいかげんに過ごしたり、手抜きしてもいいということにはならないのです。

今日の行動は、今日あなたが結果を出すためにするものではありません。いつか来るその日、つまり未来に結果を出すために行うものなのです。今日の行動がなければ、そのいつか来る未来に結果を出すことなど、到底できないのです。

確かに、その日がいつかは、まったく分かりません。1年先か2年先、あるいはもっと遠い5年先か10年先になるかもしれない。そんな気の遠くなる未来のことを考えようとすると、気分が萎えるし、尻込みしてしまう。その気持ちも分かります。

そんなあなたには、こう考えてほしいのです。電車のレールには、無数の枕木が敷かれています。あの枕木は一つひとつ同じ長さでできていて、等間隔に並べられています。「1つくらいなくたっていいだろう」と思って、手抜きして並べなかったとしたら、そのレールの上を走る電車が脱線する危険性さえあります。

あなたにとって今日の行動とは、そのレールに敷かれた枕木のようなものです。「たくさんあるから1つくらいなくてもいい」ということにはならないのです。もしなければ、あなた自身が「完成」という名の駅に永久にたどり着くことはできません。

今日という日は、長い人生の中では、たかが一日にすぎない。けれども、この今日という日の行動がなければ、いつか来る未来に結果を出すことなどできないのです。

今日の行動が、あなたの未来をつくるのです。そう考えたら、今日という日を疎かにしたり、無為に過ごすことなどできなくなりますよね。

投稿者 inoue : 23:41 | コメント (0) | トラックバック

結果の差は、「見えない努力」の差・・・

2013年04月08日

結果の差は、「見えない努力」の差

「この人には負けたくない」と思えるライバルが周りにいるとしたら、ある意味であなたはとても恵まれています。その人が、あなたと同じくらいのキャリアを持っているとしたら、そういう感情に拍車がかかります。

別にどちらが勝ったとか、どっちが上だとかいう結果が、重要なのではありません。お互いに成長を競い合うことが大切なのです。その相手とともにいつまでも成長を続けていければ、2人はお互いになくてはならない存在なのです。

知識・経験・スキルが同程度であれば、2人にそれほどの差はありません。「抜きつ抜かれつ」のデッドヒートをずっと展開していきます。

ただし、同じようにキャリアを積んでいるにもかかわらず、目に見えて差が開いてしまったとき。あなたの対応次第で、相手との差を縮められるか、それともさらに差を広げられるか、大きく変わってきます。

同じような知識・経験・スキルを持った相手が、あなたと差を広げたということは、「見えない努力」をしているということです。あなたも努力をしていますが、それ以上に相手は努力しているのです。相手の「見えない努力」が、あなたの見えない努力を上回った。人知れず「見えない努力」をしているから、相手が成長したことだけは間違いありません。

見えない努力ですから、周りにも、そしてあなたにも分かりません。だからと言って、「運がよかっただけ」「たまたまツイていた」と、運やツキのよさだけで片づけてしまうのは、カンタンです。しかし、それでは、相手を認めていないし、自分自身をも甘やかすことになります。

「見えない努力」に気づくことは、素直に相手の頑張りを評価し、相手に敬意を払うことです。また自分自身の実力不足を認めることにほかなりません。それは、つらい作業ではありますが、同時に謙虚になって、相手や周りを受け入れることにもつながります。

それができるようになれば、「もっと自分を磨こう」と新たな成長意欲に結びつけることができるのです。できれば誰もが実力が伯仲している相手との差を認めたり受け入れたくはありませんが、そこから目をそらしたり逃げていると、成長するチャンスを失ってしまいます。

結果の差は、そのほとんどが「見えない努力の差」です。見えないから、運とかツキで片づけられやすいのです。

結果を出している人は、目に見えなくて説明しにくいから、「運がよかった」と言ってしまう。しかし、その言葉にとらわれている限り、その差を縮めることはできません。

「見えない努力の差」に気づいたとき。それは、「今度は自分が成長する番なのだ」と思いを新たにするときなのです。あなたは、「見えない努力」をするチャンスを迎えたのです。

投稿者 inoue : 23:44 | コメント (0) | トラックバック

行動のベクトルを合わせる・・・

行動のベクトルを合わせる

成果を挙げている大ベテランと新入社員では、知識・経験・スキルのすべての面において埋めようがない差があります。同じことをしていても、成果で差が出るのは当然です。そういう人を目の当たりにして、「最初からこの人のようにできない」とひるんでしまうのは致し方ないことです。

だからと言って、すぐに「私にはムリ」とあきらめたり、開き直ったりするのは早計です。差があって、当たり前。それでもその差を一歩でも縮めようとすることが、新入社員に課せられた「最初の仕事」なのです。

大ベテランと同じような仕事ができるようになるために、まず最初にすることは、「行動のベクトルを合わせる」ことです。行動のベクトルとは、同じ方向を見て、同じ思考法で考え、同じように行動することです。

そもそも新入社員は最初のうちは大ベテランが考えていることなど理解すらできません。会話してもかみ合わない。

それでは一緒にいる彼(彼女)の負担になってしまいます。少しでも負担を減らすためにも、行動のベクトルを合わせるのです。

新入社員は身右も左もわからないから、まず大ベテランと同じ方向を見るようにするのです。彼(彼女)と違う方向を見ていたら、何を考え、何をやろうとしているのか、そしてどのようにやろうとしているのか、まったく見えてきません。それでも同じ方向を見続けていると、少なくとも目指すべき場所(仕事上のゴール)が見えてきます。

目指すべき場所がおぼろげながら分かったら、どうやってそこへ行こうとしているのか(=何をやろうとしているのか)、どのくらいでそこへ行こうとしているのか(=どうやってやろうとしているのか)を自分なりに考える。その自分なりの答えをもとに、試行錯誤しながら行動していきます。

ベクトルが同じだから、間違った場所へ行くことはありません。やり方が違うから、時間もかかるし、成果も違いが出る。ただし、自分で考えてやっているのですから、うまくできたこと、失敗したことも含めて、そのすべてが自分自身の知識・経験・スキルとなっていきます。

最初からうまくできないのは、当たり前。そして最初からできることを期待されてもいません。しかし、そう思ってもらえるのは、本当に「最初だけ」です。

行動のベクトルを合わせていれば、いつかはできるようになるものです。それは、取り立てて大したことではないように思うかもしれませんが、まだ何もできない段階で成し得る唯一のことです。

行動のベクトルを合わせるだけで知識も経験もスキルもないうちに、目指すべき場所が分かってしまう。たったそれだけのことで実は最高のスタートダッシュを切れているのです。

*島根大学医学部臨床講師の先生から、お誕生日プレゼントが贈られていました

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投稿者 inoue : 14:07 | コメント (0) | トラックバック

ライフコンパスセミナー第二回目

先週末、ライフコンパスセミナー二回目を行いました。

受講生から、サプライズの誕生日をしていただき、感動でした。

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投稿者 inoue : 06:05 | コメント (0) | トラックバック

才能とは、努力である・・・

才能とは、努力である

人間なら誰もが必ず才能を持っています。どんなに人にも才能は与えられているのです。

万人に平等に公平に与えられている才能……。それは、「努力」です。

努力とは自分が選んだことをあきらめずに最後までやり続けることです。誰もがこの「努力する才能」を持っているのに、残念ながら多くの人がそのことに気づいてもいないし、また活かしてもいないのです。

才能というと、野球やダンス、絵、ピアノ、スピーチなどで素晴らしい成果を挙げる特別な能力のことを思い浮かべるかもしれませんが、そんなことはありません。たとえば、野球のイチロー選手は、野球の才能があったから、メジャーリーグで200本安打を10年続けて打てたわけではありません。

彼はもともと「野球がうまくなるために努力するという才能」を開花させただけなのです。うまくならないからやめてしまう、あるいは自分よりうまい人がたくさんいるからあきらめた人が多い中で、野球がうまくなるために努力を続けてきました。その「努力する才能」を今もまだ磨き続けています。

将棋の羽生善治さんは、将棋の才能があるから永世六冠になったわけではありません。彼はこれまで将棋を研究して勝つために努力した才能を磨き続けてきたし、これからも磨き続けるはずです。

イチロー選手や羽生善治さんに限ったことではなく、一人ひとりに努力する才能は与えられています。もちろん、あなたも努力する才能を持っています。

人間は遺伝子レベルでは99・5%同じです。つまり、0・5%の差しかありません。イチロー選手や羽生善治さんに先天的な才能がなかったとは言えないでしょうが、彼らの才能は後天的につくられたものです。

それは、野球や将棋が上達するように努力する才能を磨き続けた結果にほかなりません。多くの人が途中で挫折する中、彼らはあきらめずに努力する才能を磨き続けたから、頂点に立つことができたのです。

失敗したり、うまくいかないと、「私には才能がないから」と言い訳したり自己否定する人がいますが、そんな人はただあきらめているだけなのです。そもそも努力をしていないのです。「努力する才能」を磨き続けることは、カンタンなことではありませんが、成功するためには不可欠です。

もしあなたが接客の仕事に就いているのなら、お客様を笑顔で迎えて、最高のサービスでおもてなしして満足してもらえるよう努力すればいいのです。努力する才能を磨き続ければ、いつの日かおもてなしする才能が春の日の桜のようにキレイに開花します。

才能とは、別名「努力」。努力する才能だけは、万人に公平平等に与えられています。それを磨き続けるかどうかで、結果が大きく変わることは言うまでもないことです。

投稿者 inoue : 06:02 | コメント (0) | トラックバック

動画、是非、ご覧ください(^^)

2013年04月03日

 

私の出版に対する思いを、長倉さんと対談をしていますので、是非、お聞きください。実は、この収録23時からでした。長倉さん、いつもの革ジャンかと思い、私も革ジャンに。。


http://www.youtube.com/watch?v=AtXitm2f_74


http://bit.ly/Xc2cUD(続きは、こちらから登録ください)

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